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2018年07月30日
No.10000745

田村設計
建築とファッションの融合
INTERVIEW 田村尚志社長

今年、4月1日付で田村設計の代表取締役社長は、田村和雄さんから長男の尚志さんにバトンタッチした。田村設計の特徴である都会的で凛としたホールデザインを支持するホール企業のオーナーは多い。40年以上かけて父・和雄さんが築いてきたこのスタイルを尚志さんがどう受け継ぎ、そしてどう進化させていくのか。新社長の想いを伺った。

田村尚志社長


田村尚志社長は、1976年生まれ。建築デザインの道を歩んだきっかけは、中学年の時、ヨーロッパを巡る旅行で感じた海外の建築物だった。

「パリの街並みや教会などの歴史的建築物の良さは具体的にわからないんですが、語りかけてくるような存在感に感動したのを覚えています」
海外の歴史ある街並みや建築を肌で感じ、その感動は心に深く残った。

親族には建築設計の仕事に就く人が多く身近な職業でもあった。父親だけでなく、祖父も叔父も設計関係の仕事をしていた。自分もいずれその道にと考えるようになった。

ところが、海外旅行からまもなくバブル経済が崩壊。日本経済は一気に冷え込んでいき、建築業界もその例外ではなかった。この不景気はきっと長く続く。余程の決意がないと、建築の仕事で身を立てていくのは難しいだろうと感じていた。

それでも、建築設計の仕事を選び意匠を学べる大学を中心に選んだ。大学は建築意匠の基礎を学べる所にと決めた。日本の大学では一般的に建築を「工学」として教えるが、海外の大学では、「芸術」として教える。小さい頃外国で見て感動を覚えた建物は、芸術作品だったのだ。

まず建築を学ぶには日本では東京でないといけないと考えた。なぜなら東京では建築家が教師として建築を教えている実態を知ったからだ。そして、日本でも武蔵野美術大学が、建築を芸術として教えていることがわかり、進学した。ここで「デザインからアプローチする建築」をしっかりと学んだ。

「例えば、ピーター・ズントーというスイスの建築家が好きなんですが、彼の作品やヨーロッパの建築は日本の建築物とはまったく異なる”文脈“があります。そこから創造されるポエティック(詩的)なデザインは、作品に触れた人を感動させずにはいられません」


ロンドンに留学し学んだこと

田村社長がロンドンで留学したイースト・ロンドン大学建築学科の写真

田村社長はその後あこがれだったヨーロッパで建築を学ぶためにイースト・ロンドン大学に入学する。
 
「デザインというと感性で作品づくりをするようなイメージがあります。でも、作品のコンセプトに従い、リサーチをすることや、それまで見てきたものや経験した事柄が、ものづくりには実は非常に大事だということを海外留学で学びました」

リサーチとは、作品づくりをするために必要な情報を収集することだ。美術館に行くことも、ショッピングタウンを見て歩くことも、自然界の営みを知ることもすべてリサーチになる。

「いろいろな国を訪れて文化を感じたり、見たり、経験をすることで見聞を広め、外の情報をどんどんインプットすること、それが大事なんです」
ロンドンで、建築と同時に学んだのが、ファッションデザインだった。

ロンドン芸術大学のカレッジの一つで、著名なファッションデザイナーを数多く輩出しているセントラル・セント・マーチンズの学生とも知り合った。

そこでファッションデザインを経験し、セントマーチンズの友人とファッションショーも行い、建築とファッションについて考えるようになった。
「建築もファッションも身体を包むという意味では同じで、それらをロンドンで経験することができました」

バッキンガム宮殿の門扉。デザインのヒントは街のいたるところにある



ホールの制服をデザインする意義

田村社長のファッションデザインへの熱い想いは、帰国後に結実する。あるホール企業の新しい制服のデザインを任されたのだ。デザインコンセプトは、「インテリアデザインとの調和」と「動きやすさの追求」。この制服を身に着けたスタッフがオペレーションで移動するたびに、店舗デザインが常に変化するように見せる効果も狙った。

「ホールでは、スラックスにワイシャツといった少し堅苦しい制服もあります。僕は、もっとカジュアルで、お客様が親しみのもてるような制服を提案したかったんです」

今年4月、制服をデザインするために新会社SEEDを旗揚げした。ロンドン時代に知り合った日本人のデザイナー達も仕事のパートナーだ。

いよいよ、本格的に始動することになり、生産管理の仕組みを整えた。生地の仕入れや型紙づくり、縫製などのコストを従来よりも抑え、短期間の納期にも対応できるようなルートを確保した。「すべてオリジナルなので、既製品よりも値段が高くなりがちですが、生産管理をしっかりすることで価格を抑えられるということが経験によりわかりました」。

ロンドンで出会った日本人の友人たちの多くは帰国後、ファッション業界で活躍している。田村社長はロンドン時代の友人と時々会って交流をする。デザインしたものを生産するルートや、コスト削減のためのルートづくりもこの人脈が非常に役立っている。このような背景で田村社長は建築デザイン、空間デザインとファッションデザインの融合を実現している。
                   

遊技機だけに頼らない集客が、今ほど求められている時代はない。設計会社の社長がなぜ、制服のデザイン会社を設立したのかという問いに対する答えもここにある。田村社長がプロデュースした制服は、「遊技空間との調和」という揺るぎないコンセプトに裏打ちされたデザインでスタッフのモチベーションを上げる。いきいきと働く姿から生み出される活況感は、再来店の大きな動機になる。 

「設計会社が制服をなぜ、という方は多いと思います。でも、僕にとってはごく当たり前のこと。ホールデザインの延長線上にファッションデザインがあるのではなく、この二つは不可分のものとして、共に質の高さを追求していくべきものなのです。そして、僕が生産管理を特に重視しているのは、この考えを単なる理想に終わらせずに実現し、多くのホール様に喜んでいただきたいからです」

田村社長がロンドンで友人と実際にデザインした服とセントマーチンズでのファッションショー


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