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2022年08月03日
No.10002989

ESG経営を始めよう! ②
ESG経営のスタートはそんなに難しくありません

いで・ひろゆき 1968年静岡県生まれ。92年早稲田大学商学部卒業。コンサルティングファームでリスクマネジメントに関するアドバイサリー業務を20年近く担当。企業に、コンプライアンス、危機管理、個人情報保護法などに関する内部管理体制構築を支援している。PTBの調査業務では設立当初から関与し、調査事務局・調査員を担当している。公認情報システム監査人。

INTERVIEW①
PTB調査事務局/
リスクコンサルタント 
井出博之さん

パチンコ・トラスティ・ボード(以下PTB)は、ホール企業の評価基準の策定と格付けを通し、企業価値の向上を支援してきた。その結果として、香港証券取引所に3つの社員が上場するという実績を残している。企業価値を高めるESG経営との共通点をPTBの調査事務局・井出博之さんに伺った。(文中敬称略)

時代ごとに呼び名が変わる
企業価値を計る仕組み


──PTBの評価基準はESGと重なる部分がかなりあります。当初から、ESGを念頭に運営されてきたのですか?

井出 ESGが日本で広く認知されてきたのは、2015年頃からと言われ、比較的新しい概念です。PTBは、企業にようやくコンプライアンス(法令や社会的規範の遵守)という言葉が求められるようになってきた頃に設立されました。その後、企業価値を計る尺度や仕組みを表す言葉は、J‐SOX(内部統制報告制度)、ERM(全社的リスクマネジメント)、CSR(企業の社会的責任)という具合に、その時代ごとの”はやり言葉“のように変遷していますが、企業が取り組むべき中身はそれほど変わっていません。今はESGやSDGsがトレンドですが、SDGsは世界的規模での取り組みですので、中小企業には少し縁遠い概念という位置づけられることから、ESGを中心にお話をしていきたいと思います。

──社員であるホール企業を評価・指導されるのも手探り状態だったのではないでしょうか?

井出 PTBは2005年から何年もかけて、社員企業と「そもそも内部管理体制や内部統制とは何か」ということを議論しながら成長していきました。社員企業は、内部管理体制が整ったところで、香港証券取引所の上場に挑戦しました。12年のダイナムさん、15年のニラクさん、17年の王蔵さん(19年に退社)ですね。上場のためだけの形式的な整備ではなく、実際の行動を伴い“魂”が入っていますので対外的な説明にも説得力があり、スムーズに上場できました。

ESGへの関心が高まらない
ホール業界ならではの事情


──社員のホール企業の上場によって、企業価値向上の重要性に対する業界全体の認識は変わりましたか?

井出 ホール業界は8割が零細企業です。業界の構造的な問題もあり、残念ながらそうした認識が変わってきたとは言えません。元々、業界に対する社会的評価がそれほど高くないということもあり、大手の数社が上場を実現したからといって、業界全体のブランディングには繋がらないのです。一般的にはESG経営は「ブランド力の向上→業績向上」という好循環をもたらしますが、この業界ではそうしたことが起こりにくい。だから、ESGに対する認識がなかなか高まらないのではないでしょうか。

──ESGに限らず、ホール企業で企業価値を高めるための取り組みが、資金調達に役立つことはありますか?

井出 社員企業に対し、銀行から融資のためにPTBの調査資料の提出を求められたことがあります。他の金融機関でも、CSR融資やBCP(事業継続計画)融資といった商品がありましたので、こうしたことが整備されていけば、資金調達に繋がることも少なくないと思います。

──最近M&Aによる吸収合併などで、規模の大きなホール企業が増えています。

井出 規模が大きくなればなるほど、企業価値の客観的な評価が必要になりますから、ホール業界でもESGの重要性は増していると言えます。環境負荷の軽減や情報の漏洩防止などは、企業規模の大小に関わらず対応が必要ですが、中小のホール企業には遵守するための資金や人材に余力がない所も多い。さまざまな規制が強化され、コンプライアンスが求められてもそれに応じるための体力がない企業は、残念ながら淘汰されていくほかないのかもしれません。ただ、ESG経営と言っても、最初からすべてに取り組む必要はありません。身の丈に応じて、どこまでやるかを決めていけば、生き残りの道はきっと拓かれると思います。

評価基準の定義が難しい
非財務関係のESG


──ホール企業にとって、ESG経営に取り組むためのハードルは、どんな所にありますか?

井出 そもそも企業を定性的に評価するというのはとても難しい。財務関係は数字に表れるので評価しやすいですが、例えば風適法の遵守といった非財務関係は、何をもって基準達成と判断するかが容易ではありません。PTB発足時には、評価基準を構築するために、弁護士や公認会計士などの専門家を交え、ホール企業の幹部クラスの方と合宿をしました。深夜まで議論しても、その評価基準が適正かどうか判断できないこともありました。

公正かつ組織的な対応で
ハードルを乗り越える


──その難しさを乗り越えるために、PTBではどのようなことに取り組んできましたか?

井出 ホール企業では、マネージャークラスの方が、自分なりの基準を決めて運用していることも多いですが、それではダメで、第三者の誰が見ても公正だと感じるように組織的な対応をすることが大事です。PTBは、社員企業に取り組んでいただくために、属人的なレベルから上場企業のトップ並みまでの5段階の評価基準を定め、環境の変化に応じて、定期的に改善をしてきています。それでも、企業を一義的な基準で評価すること自体が難しいわけですから、取り組むホール企業はもっと容易ではないと思います。例えば、風適法という法律はあっても、三店方式のことはどこにも載っていない。ESGも統一されたガイドラインはありません。それにどう取り組むかは、企業の規模や目的に合わせて、試行錯誤をしながら実行していくしか道はないと思っています。

──これからESGに取り組もうというホール企業は、どんなことに気をつければいいですか?

井出 実は、ESG経営の基本的な取り組み、例えば「ちゃんと意思決定をしよう」とか、「リスクヘッジをしよう」ということは、これまでも漠然とやってきていることではあるのです。それを標準化して、定期的に達成度を計り、次のステップにつなげていくだけでいいのです。取り組む前は、ハードルが高いような気がしますが、自分たちの仕事に落とし込んでしまえば、スタートを切るのはそれほど難しくありません。大切なのは、経営者の方が、ESG経営というものを本質的に理解し、自分の会社が何をやるべきか、何を目的にしているのかを正しく従業員に伝えることです。そうすれば、あとは企業が成長するための歯車が、自然に回り出すはずです。

※『月刊アミューズメントジャパン』2022年8月号に掲載した記事を転載しました。


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