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2019年03月18日
No.10001067

【シリーズ 藤商事の「変わる挑戦」】 第2回
チャレンジ精神究めた新生『パチンコ リング』
株式会社 藤商事 取締役専務執行役員 米田勝己

米田勝己 取締役専務執行役員

たくさんのファンが登場を待ち望んでいる新生『パチンコ リング』。『リング』シリーズの最高傑作とすべく、藤商事はどんな想いを込めて開発したのだろうか。自らも開発畑を歩き、同シリーズを熟知する米田勝己 取締役専務執行役員にお話を伺った。(文中敬称略)

新しいことへのチャレンジが
多くの「業界初」を生み出した


──仕事をする上で、最も大切にしていることは何ですか?
米田 藤商事は、「新しいものを生み出す挑戦を続けること」が創業以来の社風となっています。私も、営業から企画、開発とさまざまな畑を歩む中で、他社の二番煎じではなく、新しい試みにチャレンジするということを常に心がけてきました。

──藤商事が最初に考案して、業界に普及した製品も多いそうですね。
米田 パチンコでは、『CR渡り鳥AKIRA』で採用された上部アタッカーも業界初のひとつです。継続型特殊ボーナスを搭載し、液晶に表示された数字が0になるまで継続しますが、0になっても「ガキューン」という演出音が発生すると、再び上部アタッカーが開き大当たりが継続するというものでした。この新感覚ボーナスは、2004年から導入された当時の新規則機の中でも、斬新なゲーム性を備えた機種として評価していただきました。他にも、「発射装置の電子制御化(関東50㎐・関西60㎐の共通化)」や「基板のインテリジェント化(単機能化)」など、藤商事の「業界初」はたくさんあります。

──米田さんが提案・企画した物はありますか?
米田 今では、大当たりの消化中や確変中の「右打ち」は当たり前になりましたが、最初にこの仕組みを取り入れたのは、自分が提案・企画し1985年に発表したアレンジボール『アトミック』です。出玉の爽快感を効果的に演出するにはどうすればいいか、と考えたのが出発点。試行錯誤の結果、大当たりをスピーディーに消化するには、右打ちがベストだとわかりました。藤商事が、じやん球から始まりアレンジボール、パチンコ、パチスロとカテゴリーを広げながら、「知恵と工夫」でノウハウを蓄積してきたからこそ、新しい物を作り出せたと考えています。


──今ではほとんどの遊技機に搭載されているチャンスボタンですが、初めて採用したのは藤商事のパチンコですよね。
米田 2002年に出した『CRダイナミックショット』は、7インチワイドの液晶と巨大7セグを採用した機種でした。業界で初めてチャンスボタンを搭載。ノーマルリーチが外れても、液晶に「チャンスゲーム」と表示されたらチャンスボタンを押して、7セグが揃えば大当たりというものでした。また、通常図柄で大当たりした後もチャンスボタンを押して確変に昇格することもあって、ファンが自力で運を引き寄せた満足感を味わえる画期的な仕組みでした。チャンスボタンは、パチンコのゲーム性の幅を格段に広げるきっかけになったと自負しています。

『リング』が新たに拓いた
ホラーというカテゴリー


──今までにないアイデアを形にすることで、新たな機能やゲーム性をもった遊技機を生み出してきたことが良くわかりました。「ホラージャンルの先駆け」と言われる『リング』はその代表例だと思いますが、この新たなジャンルのパチンコは、どんな発想から開発したのでしょうか?
米田 大衆娯楽であるパチンコの基本的なゲーム性は、「入賞口に入るかどうか」「大当たりするかどうか」にハラハラ・ドキドキすることです。だから、「怖さ」という概念自体をウリにするゲーム性のパチンコは、07年の初代『CRリング』までありませんでした。「怖いもの見たさ」という言葉があるように、人は怖いものや恐怖心を刺激されるものに対して、強く興味を引かれます。そこに当社は、今までなかったジャンルを創り出すチャンスを見い出しました。

──誰もやっていないからこそ価値がある、という発想は面白いですね。
米田 当時の開発チームは、どうせやるならジャパニーズホラーの金字塔である『リング』で「最恐」のパチンコを目指そうと考えました。ただ、「怖さ」の象徴を何にするかについては相当悩んだそうです。最終的には、「貞子の眼」をギミックにしたことで、恐怖をうまくシンボライズできたと思います。

──それまでホラー映画はコンテンツとして、パチンコと親和性があると誰も考えなかったと思います。世界観を再現するのは難しくありませんでしたか?
米田 契約上、映画『リング』のキャストを演出画面に登場させることができませんでした。そこで、開発上の制約を取り払うため女子高生を主役に設定し、『CRリング』 オリジナルの世界観を創り出すことに成功しました。もっとも、販売台数は1万6000台とそれほど伸びず、残念ながら大ヒットとは言えませんでした。

シリーズを重ねるごとに
難しくなる「前作以上の出来」


──それから3年も経って、第2弾を開発することになったのはなぜですか?
米田 初代『CRリング』は販売台数こそ満足できるものではありませんでしたが、稼働が他の機種には見られない「踏ん張り」をみせていました。その稼働を支えていたのは、リピートファン、特に女性ファンでした。実際ホールに行ってみると、女性ファンがこぞって打ち込んでいるので驚きました。『リング』の世界観が、女性ホラーファンの心を掴んでいたんですね。一部の熱心な『リング』ファンの声を反映してホール様や当社の営業マンからも「次はないのか?」という声を聞くようになっていました。そこで、3年のブランクを経た異例のタイミングで第2弾の開発に着手しました。

──第2弾『CRリング 呪いの7日間』(11年)は7万台と販売台数が大きく伸び、68週という驚異的な長期稼働貢献週を記録しました。その理由は何だと思いますか?
米田 第2弾は、怖さの象徴を何で表わすかについて開発チームもかなり悩みました。その答えとして、前作の「貞子の眼」よりもインパクトのある「呪いの手」ギミックを採用したことが、最大のヒット要因だと思います。不気味に光る「呪いの手」がさまざまなタイミングで高速落下する「恐怖と歓喜の融合」が、多くの『リング』ファンを虜にしました。

──演出映像では、どんな工夫をしましたか?
米田 開発メンバーのアイデアを採り入れ、映画版『リング』の撮影スタッフが撮り下ろしたオリジナルストーリーを用意しました。ぜいたくなつくりですよね(笑)。主役の女子高生キャラクターの演出にも実写映像をふんだんに使い、前作を超えるリアリティあふれる恐怖演出にしたことも長期稼働を支えた一因だと思います。

──14年にリリースされた第3弾の「CRリング 運命の日」も6万6000台と好調な販売実績でした。
米田 『CRリング 運命の日』は『パチスロ リング 呪いの7日間』(14年。2万1 000台)とのタイアップ・プロモーションを展開しました。特に、パチスロの稼働貢献週が22週と好調に推移したこともあり、大きな成果を収めることができました

──第2弾の驚異的なヒットがさまざまな成果を生みましたが、ヒットシリーズならではの悩みはありませんでしたか?
米田 開発チームは常に「次は、より良いものを」という気概で開発に取り組んでいますが、シリーズを重ねれば重ねるほど前作のクオリティを超えるためのハードルが高くなります。第4弾以降のシリーズについては当社としても、満足のいく結果を十分出せなかったと受け止めています。特に演出面では、「知恵と工夫」が大切であり、「質よりもボリュームで勝負」といった安易な考えでは、新たな価値は生まれないという認識を、開発チームにはあらためて徹底させています。

──そうした状況を踏まえ、『リング』の最新作は、どんな方針で開発されたのでしょうか?
米田 当社の社長である井上は常々、「モノづくりに対しては、今までの常識や慣習にとらわれることのない『変わる挑戦』が必要だ」と提唱しています。新生『パチンコ リング』も、まさに「変わる挑戦」を具体的に表現した機種なのです。

──どんな仕上がりになっているか、少しだけ教えていただけませんか?
米田 『リング』の魅力を最大限に引き出す「呪いの手」をはじめ、多彩なギミックによる演出やスペックなど、あらゆる面においてシリーズ最高の出来映えになりました。従来からの『リング』ファンはもちろん、初めて『リング』を打つ方にも十分楽しんでいただける斬新な仕掛けやアイデアが凝縮された自信作です。

──最後に新生『パチンコ リング』にかける意気込みをお聞かせください。
米田 現在の市場環境はかつてないほど厳しく、「常にパイオニア精神で新しいモノ、市場、価値を創り出さなければ勝ち残れない」という命題が一層重みを増しています。藤商事にとって『リング』は、ファンやホール様にパチンコメーカーとしての認識を新たにしていただきたい思い入れのあるシリーズです。だからこそ、新生『パチンコ リング』は当社の「変わる挑戦」を具体的に表現したいという想いと情熱がしっかりと込められています。ぜひ、第2弾『CRリング 呪いの7日間』の稼働貢献週を塗り替え、新規則機市場の活性化のお役に立ちたいですね。全国のホール様とファンの皆様に、導入を心待ちにしていただきたいと思います。




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