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2021年04月28日
No.10002262

パチンコ必勝ガイド×APJコラボ企画
人生を賭けて打った海物語/バイク修次郎
連載コラム「ブレない漢のパチンコ日報」⑤

私は人生を賭けてパチンコを打っていますが、中でも最も思い出深い機種は『新海物語』。マリンちゃんが私を大きく成長させてくれたと言えますね。

パチンコ必勝ガイドの門を叩いたのは2003年。初めて連載を頂いたのは、ホール景品として置かれていた小冊子でした。実戦記を書いていたのですが、ある日担当M編集者から辛辣な言葉が…。「きみの原稿全然人気ないから、よく打っている海に特化した記事を書いてみて…」と。なんだ「きみ」って? きみか白身か知らねぇけど、頭きた! やってやろうじゃないの。人気になる連載を!

…と言っても文才もない私が出来ることは、その機種をよく知って伝えること。ならば誰よりも海を打ってやる。そう心に誓い2004年の1月から、海縛り実戦を自身に課して来る日も来る日も海を打ちました。幸いにも当時は絶大なる海人気でホール状況は良く、期待日当2~3万円の台は簡単に打てる時代。逆にそれよりも甘いスキップ機もあり、期待日当5万円程の台に群がるプロを横目に海を打つのがシンドかったのを覚えています。今振り返ると、凄く恵まれていましたね。

打ちに行く日は、開店~22時前がマスト。通勤(勤務ではないですが)時間を含めると、毎日大体15時間をパチンコに費やし最高で打った月の日数は30日。370時間も回しました。立ち眩みはしょっちゅうでしたが、座ってる最中も何度か天井がグルグルと…いろいろ回り過ぎです(汗)。夢にも魚群が流れ、ハッと目が覚めたら右手親指はストップボタンを押す形になっていた時は、自分でも驚きましたね。

春夏秋冬海を打ち続けた結果、総稼働時間は約3200時間。もしかしたら、日本で一番海を打ってたかもしれません。収支が+900万を超えたのも話題となり、小冊子の連載どころか憧れだったパチンコ必勝ガイドにも海の連載を持たせて貰え泣いたのを覚えています。

もちろん「担当編集者め、ざまぁ…」なんてことは思いませんよ。人生を変えた言葉を投げかけてくれたMさんには感謝していて、今でもたまに連絡を取る仲です。

一心不乱に我武者羅に、海を打った2004年はあっという間に過ぎて周りも未来も見えなかったけれど、物事を一生懸命に取り組めば道は拓ける。このことを教えてくれた一年でした。海がこの世に誕生してくれたことは、私にとってスーパーラッキー! マリンちゃん、これからもよろしくね♡

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