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2019年06月17日
No.10001233

Problem Gambling Research in Macau
マカオの ギャンブル依存対策研究
IR/カジノの学術研究が産・官を支える

マカオの ギャンブル依存対策研究
マカオのすべてのカジノに設置されている「Responsible Gambling Information Kiosk」

マカオのカジノ産業はあまりに急激な拡大をしたため、中国本土のVIP客を集客する「ジャンケット・システム」にばかり注目が集まった。そのためか、カジノライセンス開放後、すぐに政府がギャンブル依存対策の研究に着手し、それが一定の成果を上げていることはあまり知られていない。
文=田中 剛(Amusement Japan編集部)/TSUYOSHI TANAKA

マカオでは2002年に40年間にわたるカジノ営業の一社独占時代が終わり、2002年と2003年のライセンス入札によって選ばれた6社がカジノを運営する新たな時代に入った。2004年のサンズ・マカオの開業以降、カジノ産業は爆発的に拡大したのは承知の通り。2018年のマカオのゲーミング収益は約4兆1119億6000万円で、カジノライセンスの自由化後に9倍になった。しかし現在、マカオではギャンブリング障害が疑われる成人の割合は2003年の水準を下回っているのだ。

筆者は昨年5月にマカオ大学(University of Macau)の工商管理学院(Faculty of Business Administration)を訪れた際、当時学院長を務めていたジャッキー・ソウ教授(Prof. JACKY SO)の案内で、「ゲーミング・ラボ」を見学させてもらった。そこで見たキオスク端末は、ギャンブル依存症対策のために産官学によって共同開発されたもので、カジノ客に「ギャンブリングとは何か」「娯楽としてのギャンブリングと商業都市のギャンブリングの違い」「主要なカジノゲームの期待値」などの情報を提供し、「簡易的なギャンブル依存度テスト」もできるようになっている。この「Responsible Gambling Information Kiosk」は2012年12月に6つのカジノに設置されパイロットテストがスタートし、現在ではマカオのすべてのカジノホテルに設置されているという。2017年11月にラスベガスのMGMグランドで同様のインタラクティブ端末「Game Sense」(BCLC/カナダ)を見たが、それはまだ設置されて1カ月も経っておらず、他のカジノホテルにはなかった。

マカオのギャンブル依存対策政策をソウ学院長に尋ねると、「政府の要請により、2003年にマカオ大学内に『博彩研究所(カジノ研究所)』が設立され、最初の委託調査が『マカオ住民のカジノ参加状況調査』だった」とのこと。以降、博彩研究所は、レスポンシブル・ギャンブリング(RG)政策の効果検証、新たなRG政策立案を継続的に行っている。

そのマカオ大学の工商管理学院に、今年3月、カジノを含む統合型リゾート産業を観光学の文脈で捉えて研究する「国際統合型リゾート&観光学管理学科(以下、IR学科)」が誕生した。そのルーツは、2003年に同学部内に設けられた「ゲーミング・マネジメント学」課程だ。

RG Information Kioskは社会工作局、博彩監察協調局(=カジノ管理局)、マカオ大学が共同で開発した

画面の質問に答えていくと、その人の遊び方のクセや注意すべきことなどが出力される


脳神経画像による研究

IR学科長に抜擢されたロビン・チャーク教授(Prof. ROBIN CHARK)の研究テーマは、病的ギャンブリング、神経経済学、行動経済学だ。教授は2016年に「統合型リゾートマネジメント学」課程(当時)に配属され、そこで新しい角度からのギャンブリング行動の研究をスタートした。

ロビン・チャーク教授(Prof. ROBIN CHARK)


「病的ギャンブリング行動(Pathological Gambling)は、常に社会的に重要な問題と認識されています。私は、当時、工商管理学院の学院長だったジャッキー・ソウ教授と何度も討議して、ソウ教授が持っていたアイデアである神経経済学(Neuroeconomic)的手法を病的ギャンブリング行動の研究に用いることにしたのです。私の研究は、脳神経画像学(Neuroimaging※1)と危機的状態における行動意思決定学(Decision making under risk)を取り上げています。これらの手法は病的ギャンブリング行動の解明と対策構築に大変有用であると思います」

チャークIR学科長によると、脳神経画像データを使ったギャンブリング障害の研究は、ラスベガスなどでも始まっていたが、カナダのUBCにいるルーク・クラーク教授が先陣だという。そして、日本人も中国人も韓国人も白人種も文化歴史は違うという影響はあるものの、「脳神経科学的アプローチから言うと、物理的かつ生化学的には人間のギャンブルに対する脳神経的因果関係は普遍性を持つと考えられる」という仮説を基に研究を進めている。

ギャンブリング障害は減少

日本政府は日本へのIR導入を進める中、ギャンブル依存対策を最重点課題にあげている。カジノがなくギャンブル依存問題の研究が始まったばかりの日本では、カジノができることに対する不安の声が多い。

この点について、ソウ教授は、「ギャンブリング障害はそのネガティブなイメージや、個人や家族の生活に与えるダメージの大きさから、『カジノができたら大変なことになるのではないか』と多くの人が不安を抱いていることでしょう」と理解を示した上で、「しかし実際には、シンガポール、マカオなどカジノ産業があり、RG政策がある国での統計によれば、ギャンブリング障害の有病率は2%前後です。シンガポールでは、2つのIRが開業した後も有病率は増えていません」と指摘する。

ジャッキー・ソウ教授(Prof. JACKY SO)


マカオでは、アメリカ精神医学会によるDSM4基準で「病理学的賭博」(Pathological Gambling=持続的で反復的な不適応的賭博行為。10項目中5項目以上に該当)の疑いがある人の割合は、2003年調査では1.8%、07年調査では2.6%、10年調査では2.8%と市場の拡大とともに増加したが、13年調査では0.9%と減少に転じた。

マカオではギャンブリング障害が疑われる成人の割合は2003年の水準を下回っている


DSMの改訂版であるDSM5基準によって集計された2016年調査では、「深刻なギャンブル障害」(Severe Gambling Disorder)の疑いのある人の割合は0.5%。これより軽い「中程度のギャンブル障害」が0.8%、さらに軽い「軽度のギャンブル障害」が1.3%という結果だった。

「マカオに関して言えば、産官学の連携による、RG政策が推進されたからでしょう」(ソウ教授)

カジノ産業の拡大によって生じる可能性がある、ギャンブル依存や多重債務などの問題に対応するために、政府の社会工作局によって「志毅軒」(※2)が設立されたのは2005年。同機関はギャンブル依存者とその家族へのカウンセリング、金融相談サービス、地域での予防教育講演会などを行っている。

2006年には同様のサービスを提供する非営利活動法人「逸安社」がカジノ業界と政府支援により稼働を始めた。

また、政府は2008年にマカオ大学博彩研究所の研究を基に、「責任あるギャンブリング政策」施政方針を発表。翌09年には社会工作局、カジノ管理局、博彩研究所が共同して「責任あるギャンブリング推進」の活動計画を発表。以降、マカオ市民への啓もう活動が続けられている。1カ月間にわたるキャンペーン期間後には市民への認知度調査が行われており、2009年に16%だったキャンペーンの認知度は年々高まり、2013年時点で60.5%になった。

患者個々の背景に着目する

では、どのような予防策が有効なのだろうか。

チャークIR学科長は、「脳神経を活性化させる情報を制限すること。カジノに関する誘惑的情報を街の中から排除し、さらにネットやSNS上での露出も制限すること。つまりカジノのマーケティングを制限することに尽きる」と言う。

2002年以前のマカオは、カジノ情報が街のいたるところで目に入った。学校のすぐ近くにスロットマシーンがあった。ソウ教授の言葉を借りれば、「社会のどこを切ってもカジノ」だった。しかし今、マカオではIR施設の広告宣伝は、MICE、エンタメ、F&B、ショッピング、宿泊等に制限されており、カジノをアピールすることはできない。

ソウ教授は、「政府、IR業界企業、大学機関、社会福祉団体、医療機関、そして一般市民の全ての社会セクターが横断的に連携し、教育を通じて、すべての市民とりわけ若年層を啓もうすることが重要」だと言う。そうした社会インフラを整備しておくことによって予防措置をとることができるとともに、いざギャンブリング障害が疑われた時には、家族や関係者(福祉団体、医療関係者、カジノ事業者、行政等)が的確な措置をとることができるのだ。

回復支援については、ギャンブリング障害の患者を二つに分けて考える必要があると言う。

「一つは先天的に精神障害を有している人。これはチャーク教授が取り組んでいる脳神経画像などで判断できる場合がある。そして医療措置をすることが適していて、服薬が効果的なケースもある。もう一つは後天的な精神障害で、生活の中の何らかが原因となり、ギャンブルに過度にのめり込んでしまった。そういう患者にはカウンセリングが適している。患者個々の病理状況の原因や背景ごとに、適した回復・治療システムを構築しておかねばなりません」(ソウ教授)

毎年開催されているレスポンシブル・ギャンブリング キャンペーンのポスター


注1 : 脳神経イメージングとも呼ばれ、脳内各部位の生理学的な活性を様々な方法で測定しそれを画像化し、脳内で行われる精神活動において、脳内各部位がどのような機能を担っているのかを結びつける研究。
注2 : 2016年に「The Resilience Centre」に改称 
注3 : 毎年実施されている1カ月間のキャンペーンの認知率は6年目の2013年には60.5%になった。


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