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2019年05月08日
No.10001169

Integrated Resort & Tourism Management
日本版IRのマネジメントに必要な人材育成
IR/カジノの学術研究は産・官に何をもたらすのか? 第2回

マカオ大学 工商管理学院の中に作られた「ゲーミングラボ」で、「グローバルリーダーシップ育成プログラム(GLDP)/国際統合型リゾート経営管理学」参加者にラボの説明をするロビン・チャーク教授。

マカオがラスベガスのカジノ収益をしのぐ世界一のカジノ都市ということは良く知られているが、もしかしたら医療費が無償で15歳までの義務教育費も無償の高福祉社会というということはあまり知られていないかもしれない。カジノ産業を厳しく規制しながらその産業規模を拡大させ、高福祉社会を実現するには、政府側にも産業側にも高度な知識・技術を持つ人材が必要だったはずだ。
これから統合型リゾート(IR)が誕生する日本は、誰がこの役割を担うのだろうか。
文=田中剛(Amusement Japan編集部)
text = Tsuyoshi TANAKA・editor

マカオでは2002年に40年間にわたるカジノ営業の一社独占時代が終わった。政府のカジノライセンスの開放政策により、2002年以降は入札によって選ばれた6社がカジノを運営する新たな時代に入った。カジノ産業は爆発的ともいえる急拡大をすると同時に、新たな産業の誕生と言ってもいいほど大きく変容した。

この間、マカオ政府は、カジノ産業があることによる地域社会への負の影響を低減させ(現在、ギャンブリング障害が疑われる成人の割合は2003年の水準を下回る)、社会秩序をまずまず保ち(カジノ関連犯罪でマカオ市民が加害者及び被害者になる例は極めて少ない)、間違いなく市民の生活水準を向上させた(市民1人当たりGDPは世界一になった)。それを陰で支えてきたのが、カジノ開放政策の決定と同時に政府からカジノの学術的研究を要請された公立マカオ大学だ。

マカオ大学は学術な調査・研究に基づき、政府に対しても、産業に対しても提言・助言を行っている。また、産業に対しては高度な知識・スキルを持った人材を供給してきた。カジノ関係者すらマカオのカジノ産業がこれほど巨大なものになると予想していなかった2002年に、学術研究の着手を指示したマカオ政府に先見の明があったと言えよう(※1)。

統合型リゾートを研究する学科が誕生

筆者は昨年(2018年)5月にマカオ大学を訪れた。2015年に移転したばかりの新キャンパスは1.09平方キロ(約33万坪)の敷地に60以上の棟が建っていたが、半分以上はまだ使われておらず、今後学生を増やしていく計画とのことだった。工商管理学院(日本の「経営管理学部」に相当する)にはカジノを含むホスピタリティ産業を研究対象にするコースがあり、模擬カジノルーム「ゲーミングラボ」も備えている。将来、IRオペレーターの幹部候補生となりディーラーをマネジメントする立場になるかもしれない学生たちに、高度な教育を提供している。

この工商管理学院には今年3月、カジノを含む統合型リゾート産業を観光学の文脈で捉えて研究する「国際統合型リゾート&観光学管理学科(Department of International Integrated Resort & Tourism Management、通称DRTM。以下、IR学科)」が誕生した。従来は、国際統合型リゾート管理学(International Integrated Resort Management)というプログラムだったが、研究アプローチの再編成の必要性が政府に認められ、学科に格上げとなった形だ。カジノ産業を中核とする統合型リゾートを、学科の名称に掲げている大学は、世界を見渡してもおそらくマカオ大学のみだろう。

イギリスの高等教育専門誌「THE(Times Higher Education)」が昨年発表した「THE世界大学ランキング」では、マカオ大学はホスピタリティ&レジャー・マネジメント領域においては世界46位にランクする。

IR学科は学士課程、修士課程、博士課程の3つのプログラムがある。IR学科長のロビン・チャーク教授(専門は病的ギャンブリング、神経経済学、行動経済学)は、「学士と修士課程はIR産業従事目的の人材教育であり、博士課程はIR管理学における教員や研究者を育成することが目的」だと言う。現在IR学科は11名の専任教授を擁し、他学部・学科の3人の教授からも助力を得ながら、理論と実践の両面からIR産業の研究と教育を行っている。

「近年の政策課題の一例を挙げると、IR産業の外国人雇用をどの程度まで許容するかという政策について、マカオ大学は政府に協力しています。現在政府はIR産業の中間管理職から上級管理職の職位の85%をマカオ人に限定する目標を立てている。この目標の達成には、教育機関によってマカオ人から優秀な人材を継続的に輩出することが不可欠なのです」(ロビン・チャークIR学科長)

IR学科長のロビン・チャーク教授(Prof. ROBIN CHARK)。
" The recent governmental initiative of localization of the labor force in the IR industry indeed requires much of our outputs. It is the government's target to have more than 85% of the middle to upper managerial positions taken up by local residents. This cannot be achieved without an academic unit constantly producing local talents for years. "

2018年度に学士課程で国際統合型リゾート管理学を学んでいる学生は250名で、マカオ人188名のほか、中国本土人42名、香港人9名、その他の国からの学生が11名(マレーシア4名、台湾5名、韓国1名、USA1名)。修士課程では89人(マカオ56名、中国28名、香港2名、その他海外3名=マレーシア、フィリピン、オーストラリア)、修士の社会人コースでは39名が学んでいる。このうち27名がIR企業で働いている。

IR導入のためには専門家の知識移転が必要

当然ながらマカオのIRオペレーターは社内で各種の教育訓練を行っている。筆者が昨年11月に訪れたウィン・パレスのバックオフィスにはパソコンがずらりと並んだ「eラーニング・ルーム」があり、従業員が自分の課題とペースに合わせて必要な内容を学ぶことができるよう、教育がオンラインで提供されていた。また、未経験の職種への異動をスムーズにするために、異動前にその仕事を実地で体験できる(最長1年間)というユニークな人事プログラムもあるとのことだった。

「IRオペレーターの社員の教育訓練に対して、我々のような高度学術機関が活用されることは非常に多い。マカオ大学博彩研究所はIR業界の前線に立つ管理職を対象に高度ディプロマコース(修了証書が授与される研修プログラム)を提供していて、例えばサンズチャイナ内のディプロマ・プログラムはマカオ大学が運営している。マカオ大学だけでなく、マカオ理工学院(Macau Polytechnic Institute)も同様の短期訓練コースを立ち上げている」(ロビン・チャークIR学科長)

だが、マカオ大学のような教育機関もなく、IRオペレーターもいまだ決定していない日本の場合、IR産業を運営していく高度人材はどうやって育成したらいいのだろうか。

国際統合型リゾート管理学を教えるグレン・マッカートニー教授は、日本のように、他国にはすでにあるがその国にはまだない新たな産業が立ち上がる時期には、「専門家の知識移転が必要」だと言う。マッカートニー教授は2000年にアトランティック・シティ(米)で、カジノ産業の人材訓練センターを視察した。当時、マカオのカジノライセンスの開放はほぼ決まっていたが、まだ入札前でありカジノ事業者は決定していなかった。しかしその訓練センターでは、すでにマカオのディーラーの訓練者を養成する教育が始まっていたという。

グレン・マッカートニー教授は、「他産業からIR産業への人材の移動にあたっての再教育には時間を要する。必要ならばすでに実務を積んだ人材、高度な教育を受けた専門人材を輸入することも考えねばならない。外国人の雇用など労働政策や法律は、実情に合せて弾力的に構築し直す必要があるだろう」と指摘する。

グレン・マッカートニー教授(Prof. GLENN McCARTNEY)
" Labour policy and law will need to update to consider the issue of import labour given the diverse skill and knowledge needs of an IR. I remember in a trip to Atlantic City in early 2000 to see a training centre doing train-the-trainer for Macao dealer trainers. It is important to seek out expert help. "


海外のIR産業向けにも教育を提供

マカオ政府としては、2002年頃から若手研究者らをカジノ産業がある海外の都市の大学などへと派遣した。例えば、IR学科で教鞭をとっているリカルド・シウ教授は2004年から1年間、ラスベガスのネバダ大学リノ校(UNR)に留学。カジノ以外にMICE、エンタテインメント、商業、カルチャーなどあらゆるリゾート関連施設が付帯している大型カジノホテルの姿に衝撃を受けるとともに、ビル・イーティングトン教授(Prof. Bill Eatington)が定義した「インテグラル(統合的)なリゾート」という捉え方を知ったという。これはシンガポールが「インテグレーテッド・リゾート」という言葉を生み出すより数年前のことだ。

リカルド・シウ教授(Prof. RICARD SIU)
2018年11月にマカオで開催された「GLDPモジュール6」では、余暇需要の決定要因など、レジャー産業における経済学を講義した。

マカオが行ったのと同じように、日本の教育機関や企業は、若手研究者や社員を海外の大学の修士課程に入学させ、IR産業を間近に見ながら様々な角度から産業を研究させるのが第一の方法だ。

マカオ大学は大学の多様性拡大の目標値として、国際統合型リゾート管理学修士課程に25名の海外特待生枠を設けたばかり。2019年度学年には約15名の海外特待生を受け入れる予定で、これによりマカオ以外の学生の3分の1が非中国圏になる見込みだ。ロビン・チャークIR学科長によると、すでに日本のある大学から3名の学生が応募しているという。学生であれば、マカオ大学の交換留学プログラムや海外学生向け短期コースでIR産業に触れるという方法もある。

1年間、2年間を海外で過ごすことが難しい場合、他に方法はないのだろうか。ロビン・チャークIR学科長はこう説明する。

「我々はマカオ以外の地域におけるIR産業に対して、ニーズに応じた管理職向けプログラムを構築・提供でき、すでに韓国で稼働している。その他にも、我々の教授陣は海外に出向いて出張講義をおこなっている。もうひとつ我々が目指していることは、海外の大学の学部およびMBAなどのダブル学位取得課程を築くことです」

カジノ/IR産業のアウトラインを解説するセミナーは国内でしばしば開催されるが、IR産業の管理職向けにどのような教育訓練が行われているかを知る機会はほとんどない。昨年7月に長崎県佐世保市で、マカオ大学工商管理学院と同大学内の「アジア太平洋経済経営研究所」による集中講座「グローバルリーダーシップ育成プログラム(GLDP)/国際統合型リゾート経営管理学」が初めて日本で開催されたが、これは貴重な機会だったはずだ。

GLDPはIR産業に特化したエグゼクティブを養成する同学のプログラムのエッセンスを伝える集中講座で、これまでにマカオ・香港以外では、シンガポール、韓国、広州・横琴、佐世保市で開催された。直近は昨年11月のマカオ開催で、IR企業の中堅社員約30人のほか、日本企業からも16人のビジネスパーソンが参加した。

2018年11月にマカオで開催された「GLDPモジュール6」の様子。
IR企業で働く中堅社員と日本からの参加者の混成グループで、最終日のグループ発表に向けたワークを行った。

「今年のGLDPは再び日本に戻ります。東京の大学とのコラボレーションで、7月に開催する準備を進めています。座学に参加者同士のディスカッションを織り交ぜる大学スタイルの、計30時間に及ぶ集中講座は、我々がIR産業をどのような視点から捉えているかを理解する機会になるはずです」(ロビン・チャークIR学科長)

今年7月に東京で開催されるGLDPモジュール7では、ロビン・チャークIR学科長が「カジノマネジメント入門/レッスポンシブル・ギャンブリング/カジノ心理学」、グレン・マカートニー教授が「国際IRマネジメント入門」、リカルド・シウ教授が「レジャー産業応用経済学/IR産業による経済的恩恵と社会コスト」の講義を行う予定だ。

日本にIRが開業するとき、管理職の多くを日本人が占めるのか、それとも海外の経験者に頼ることになるのか。それは高度な人材教育をできる態勢が国内に整っているか次第だろう。


[参考1] マカオ大学工商管理学院内にカジノ産業を学術的に研究し教えるプログラムができたのは2003年度で、当初は「ゲーミング管理学(Gaming Management)」だった。また、この年、政府の要請によりマカオ大学内に「カジノ研究所」(博彩研究所/Institute for the Study of Commercial Gaming」が設立された。ゲーミング管理学は後に「ホスピタリティ&ゲーミング管理学」になり、2017年度に「国際統合型リゾート管理学」へと名称を変えた。これは研究対象である産業の捉え方が変化していったことを表している。

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