2026年02月02日
No.10005132
No.10005132
「また打ちたい」と思えるようになるために僕が思う必要なもの
【毎週金曜日更新】全日本学生遊技連盟・週刊連載コラム⑯
学遊連の職員として活動を始めてから、学生向けのイベントや企画を通して初めてパチンコに触れる学生と話す機会が増えた。そういった学生に「どうだった?」と聞くと、返ってくる言葉は本当にさまざまだ。「難しかった」、「よく分からなかった」、「思ったより静かだった」。一方で、「なんか楽しかった」、「またしてみたいな」、と言ってくれる学生もいる。同じ時間・同じ場所で、同じように初めてパチンコに触れたはずなのに、その後の印象は大きく分かれる。この差はなんだろうか。
最初は単純に、勝った負けたが重要だと思っていた。初めてのパチンコで勝てば、印象が良くなるのは間違いないし、今後も遊技するかどうかを左右する重要な要素であることは、今も変わらないと思っている。ただ、学生たちを見ていると、それだけでは説明できない場面に何度も出会う。勝ったのに、もう来なさそうな人。負けたのに、「今日は楽しかった」と笑って帰る人。この違いを見ているうちに、「また打ちたいと思えるかどうか」は、出玉より少し手前のところで決まっている気がしてきた。
初体験のとき、学生が感じている壁は意外と多い。ルールや演出が何を意味しているのか分からない、隣の人が何をしているのかも分からない。そもそも、よく分からないものにお金を使うこと自体、人間誰しもがあまり気持ちのいいものではない。これはパチンコに限らず、どんな趣味でも同じだと思う。初めての遊技で、何が起きているのか分からないままお金が減っていく、という体験になる可能性がパチンコは非常に高いと思っている。それだけで大きなハードルだ。
もちろん、勝った負けたは大切だ。ただ今の若者を見ていると、それ以上にお金を使って楽しい経験ができたかどうかを、かなりシビアに見ているように感じる。負けても納得できる体験なら受け入れられるけれど、よく分からないまま終わった体験に対しては、はっきりと距離を取る。その感覚は、以前よりも強くなっている気がしている。
さらに今は、選べる趣味が本当に多い時代だ。ゲームや動画、スポーツ、音楽など、少ないお金で楽しめるものがたくさんある。だからこそ、その時間をどう過ごせたか、どんな感情が残ったかといった体験の中身が、以前よりも重視されている。
そんな中で、また打ちたいと言う学生をよく見ていると共通している瞬間がある。それは「分かった気がした瞬間」だ。この演出は熱いんだと理解した瞬間、さっきと今の当たりは意味が違うと気づいた瞬間、自分で選んだ台、自分で打った結果が、ちゃんと返ってきたと感じた瞬間。理解は完璧じゃなくていい。ただ、自分は今、何をしているのかを少しだけ掴めた感覚があると、表情が変わる。
もう一つ大きいのが、共有できたかどうかだと思っている。隣の友達と同じタイミングで盛り上がったとか、終わったあとに「さっきのアツかったよな」と話せたとか、写真を撮って誰かに見せたくなったとか。そういう小さな共有があると、その体験は記憶に残りやすい。
「PS:JAPAN」などのイベントをやっていると、「今日は勝てなかったけど楽しかったです」と言われることが多々ある。その理由を聞くと、多くの場合出玉の話ではなく、「みんなで盛り上がれた」、「雰囲気が楽しかった」、「新しい人と話すきっかけになった」、という言葉が返ってくる。つまり、また打ちたいと思えるようになるために必要なことは、勝ち方を覚えることよりも、楽しみ方を掴めることなんじゃないかということだ。少し分かった気がすること、誰かと共有できること、自分で台を選んだという感覚があること、結果に対して、「これはこれで」と思える納得感。このどれか一つでも体験できた人は、その日をただの初打ちで終わらせていない気がする。
そもそもパチンコは、かなり閉鎖的な趣味だと思っている。知らない人から見れば何をしているのか分かりにくいし、楽しさも伝わりにくい。だからこそ「理解」と「共有」が大事になる。この考え方は、僕が今企画している体験型のイベントにもそのままつながっている。
・初めてのものにお金を使うハードル
・一人ではよく分からない不安
・周りとワイワイ楽しめない閉塞感
この三つの壁を、どうすれば越えられるのか。その答えを考え続けた結果、いきなり一人で打たせない、分からない状態でお金を使わせない、自然と会話が生まれる形を作る、という発想に行き着いた。
だから僕たちはいきなり遊技から入るのではなく、ゲーム性のある体験やストーリーを通して、パチンコに触れる入口を用意しようと考え、企画を立ち上げることにした。誰かと一緒に考え、笑い、達成感を共有する中で、気づいたらパチンコがよく分からないものではなくなっていく。これは新しい遊技の形というよりも、新しい遊び方の提案に近いのかもしれない。
理解と共有を先に用意することで、パチンコという趣味が少しだけ開かれたものになる。僕は、そんな体験を作りたいと思っている。また打ちたいと思えるようになる理由や体験は、人それぞれ違う。それでも、理解して、共有できて、納得できる体験は、初心者を次のステップに連れていくと信じている。入口を作るだけでなく、その先まで一緒に歩ける形をこれから創りたい。僕はこれからも、そんな遊び方を考え続けてく。
文=岸野楽人(全日本学生遊技連盟)

















