
2026年05月01日
No.10005211
No.10005211
スマスロの普及から3年半、遊技市場の変化とトレンドとなるパチスロの共通点
【毎週金曜日更新】全日本学生遊技連盟・週刊連載コラム㉘
最近ホールに遊びに行った時、ふと思ったことがある。それはスマスロが市場に普及してから約3年半で遊技台の評価軸が当初と比べて、少し変わってきているのではないか、ということだ。少し前までは、「どれだけ出玉が出るか」という点と「今までになかった台」が強く求められていたと感じている。いわゆる出玉こそ正義の時代で、高単価機種や一撃性能の高さが、そのまま評価に直結していた印象が僕の中には残っている。
もちろん、出玉のインパクトや上位ATに入ったときの気持ちよさは、パチスロとして欠かせない要素だと思う。この瞬間の快感は、パチスロの魅力の一つであり、そこを目指して回す時間も含めて楽しさだと感じている。その一方で、最近はそれだけでは長く支持されないとも感じている。実際にホールの設置機種を見てみると、さまざまなゲーム性の機種が並び、単純な出玉性能だけではなく、ゲーム性の幅で勝負している台が増えてきた印象がある。過去の名機のリメイクも含めて、ゲーム性そのものにフォーカスが当たってきているように思う。
自分自身、かなりの頻度でホールに通っている超ヘビーユーザーだが、「また打ちたい」と感じる瞬間は、単純に勝ったときではない。むしろ、展開やタイミング、自分の引きが噛み合って、「ここでこれを引いたからこうなった」という瞬間の方が圧倒的に記憶に残る。いわゆる“やってやった感”があるかどうか。この感覚こそが、その台をもう一度触りたいと思わせる一番の理由だと感じている。
逆に言えば、どれだけ強いトリガーが用意されていても、そこに至るまでがただの消化になってしまうと、一度の経験、はたまたYouTubeなどの映像上だけで満足して終わってしまうことも多い。その台が高設定、かつ良いヒキを持ってきたときにしか気持ちよくなれない設計だと、成功体験はごく一部の人にしか届かない。結果として、おなかいっぱいになってしまう理由にもなり得る。
ヒットしている機種を見ていると、このやってやった感の作り方が非常に上手いと感じる。演出の気持ちよさ、打ち手の納得感、それに応じたしっかりとした出玉感。この三つのうち少なくとも二つ以上を兼ね備えていて、なおかつ低設定でも、それを味わえる余地がある。ここが揃っているからこそ、結果に関係なくまた打ちたいと思えるのではないだろうか。
個人的に、そういった設計が上手いと感じる機種はいくつかある。その中でも共通しているのが、設定差の見せ方や展開の作り方によって、打ち手に自分でやったんだという感覚を残してくれるタイプの台だ。設定差が分かりやすすぎると「結局設定か」と感じてしまい、逆に完全な運任せだと「何もできない」と感じてしまう。その中間で、プレイヤーの引きが関与している余地をうまく残している。この余白こそが、気持ちよさを生み出しているのだと思う。
これは単なる出玉性能の話ではなく、「打ち手にどう感じさせるか」という設計の問題だ。同じようなスペックでも、どこにピークを置くか、どのタイミングで期待感を作るか、どうやって噛み合ったと感じさせるかによって、体験は大きく変わる。
最近のトレンドを見ていると、市場は再びゲーム性という部分に目を向け始めているように感じる。出玉力だけで選ばれる時代から、さまざまな選択ができる時代に移行すべく、遊技そのものの価値が見直されている動きなのかもしれない。
遊技の本質は、最終的にいくら出たかだけではなく、その過程の中でどれだけ納得できる瞬間があったかにあると思っている。だからこそ、これから求められるのは単純な出玉の大きさではなく、“どこで気持ちよくさせるか”という設計だ。手の込んだ台や、細かい部分までこだわって作られている台は、ある程度打ち込んでいると、なんとなく伝わってくるものがある。さらにその中に自分で引いたと感じられる瞬間がどれだけあるか。その積み重ねこそが、もう一度打ちたいと思わせる一番の理由になると、感じている。
文=岸野楽人(全日本学生遊技連盟)
















