
2026年09月14日
No.10005405
No.10005405
パチンコで初めて大当たりを引いた時の話
【毎週金曜日更新】全日本学生遊技連盟・週刊連載コラム㊷
僕が初めて大当たりを引いたのは、友人からパチンコに誘われてからしばらく経った頃でした。それまで大当りを体験したことがなく、大当たりそのというもの自体がどこか他人事で、画面の中の出来事のように感じていました。なのでその日も、あまり特別な期待をはしていなかったです。
台に向かってしばらく打っていると、いつもとは違う演出が始まり、カットインが重なり、音楽のテンポが上がり、キャラクターのボイスが立て続けに発生入りました。一つの演出が終わるたびに、次の演出へと畳みかけるように続き、その中で、自分の中の期待値もどんどん引き上げられていくのが分かりました。「これは来るかもしれない」という予感が、最初はあまり期待していなかった自分をいつの間にか前のめりにして、台に集中させていました。
そして、大当りとともに脳に伝わる音と激しい光が一気に押し寄せ、椅子の背もたれから体を前に出して食い入るように演出を見ていました。声には出しませんでしたが、心の中では歓声を上げていたと思います。玉が払い出される音を聞きながら、自分がここまで嬉しさを感じるとは思っていなかったです。
しかし同時に、少し冷静になった瞬間がありました。玉が払い出されるのを眺めながら、射幸性も感じられました。喜びと同時に、ほんの少しこのままのめり込んでしまわないかと怖さも混ざっていました。この感覚は、他の娯楽ではあまり経験したことがなかったです。
自分の趣味であるカードゲームで勝ったときの達成感は、自分の判断や練習の積み重ねに対する納得感に近いものです。しかしパチンコの高揚感は、実力とは無関係に、運さえ良ければ誰でもあの瞬間を味わえてしまうところにあると思います。練習してもしなくても、知識があってもなくても、運が味方すれば同じように大当たりを引ける。その大当りの経験が、一時のあの快感を何度でも求めてしまうたくなる怖さことにつながっているのだと思います。嬉しいという気持ちと、この仕組みに気づいてしまう不安が、同じタイミングで押し寄せてきました。素直に喜んでいいのか分からなくなる瞬間があり、この複雑さこそがパチンコという娯楽の核心にあるものなのかもしれないと思います。
初心者だったからこそ、この感情の揺れをそのまま新鮮に受け止めることができたのだと思います。慣れてしまえば、当たり前の反応として流してしまっていたかもしれないです。嬉しさと怖さが同時に来る、というあの感覚を忘れないようにしたいです。
©Magica Quartet/Aniplex・Madoka Movie Project
©Magica Quartet/Aniplex・Madoka Movie Project Rebellion
©KYORAKU
文=金海謙(全日本学生遊技連盟)















